逢坂の木綿付け鳥にあらばこそ
君が行き来をなくなくも見め
- 歌の意味
-
私が逢坂の関の木綿付け鳥であったならば、あなたが行き来するのを、鳴きながら、泣く泣くでも見ることができるだろうに。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌四 740
詞書「中納言源昇朝臣の近江介に侍りける時、よみてやれりける」
近江介として任地にあった源昇に贈った歌で、逢坂の関で鳴く木綿付け鳥であったなら、都と近江を行き来するあなたの姿を泣きながらでも見ることができるのにと、離れて暮らす寂しさを詠んでいる。
前歌の引きとめの歌に続き、遠く離れた人の往来を見送ることさえかなわない嘆きを詠んでいる。
作者の「閑院」は、誰を指すかについて定説を見ない女性歌人である。「閑院」はもと藤原冬嗣の邸宅の名で、その邸に関わりのある女性の呼び名と考えられ、後撰和歌集や大和物語に見える「閑院の御」と同一人物とする説がある。
初句「逢坂の」は、山城国と近江国の境にあった逢坂の関をいい、都から近江へ向かう人が通る所である。「逢ふ」の意を含む歌枕である。
二句「木綿付け鳥に」は、鶏の異称で、関で木綿を付けた鶏を放って祓えをしたことから、この名があるとされる。
三句「あらばこそ」は、であったならばこその意で、係助詞「こそ」が結句の「め」と係り結びをなす。
四句「君が行き来を」は、あなたが都と近江を行き来するのをの意である。
結句「なくなくも見め」の「なく」は、鳥が「鳴く」と、自分が「泣く」を掛けた掛詞で、推量の「む」の已然形「め」で「こそ」の結びとなる。
あふさか:山城と近江の境にあった関。逢ふの意を掛けて詠まれる
ゆふつけどり:鶏の異称
なく:鳥が鳴く意と、人が泣く意を掛ける
すけ:国司の次官
- 作者
-
閑院
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
待てと言はば寝ても行かなむしひて行く 駒の足折れ前の棚橋
- 次の歌
-
ふるさとにあらぬものから我がために 人の心の荒れて見ゆらむ