逢ふまでの形見も我は何せむに
見ても心の慰まなくに
- 歌の意味
-
再び逢うまでの形見など、私には何になろうか。見ても心が慰められることはないのに。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌四 744
詞書「題しらず」
次に逢うまでのよすがとして形見を残されても、それを見て心が慰められるわけではないと、形見の空しさを詠んだ歌である。形見は逢えない寂しさを埋めるものではなく、かえって恋しさを募らせるという思いがこめられている。
前歌の「形見」を受け、次歌の第七百四十五首と「逢ふまでの形見」の句を共有して対をなしている。本歌が形見の無力さを嘆くのに対し、次歌は形見が涙に浮かぶ藻屑となったと詠んでいる。
初句「逢ふまでの」は、再び逢う時までのの意で、次歌の初句と同じ句である。
二句「形見も我は」は、形見も私にとってはの意である。
三句「何せむに」は、何にしようか、何の役にも立たないの意で、ここで句切れとなる。
四句「見ても心の」は、形見を見ても心がの意である。
結句「慰まなくに」は、慰められないのにの意で、「なくに」は逆接の詠嘆を表し、三句の理由を倒置して述べている。
かたみ:別れた人や亡き人をしのぶよすがとなるもの
なぐさむ:心が晴れる、慰められる
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
大空は恋しき人の形見かは もの思ふごとに眺めらるらむ
- 次の歌
-
逢ふまでの形見とてこそとどめけめ 涙に浮かぶもくづなりけり