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形見こそ今はあだなれこれなくは
忘るる時もあらましものを

歌の意味
形見こそが今となっては恨めしい敵である。これがなかったならば、あの人を忘れる時もあっただろうに。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 746

詞書「題しらず」
 恋人が残していった形見があるために、かえって忘れることができないと、形見を恨めしく思う歌である。本来は人をしのぶよすがである形見を「あだ」と言い切る逆説によって、忘れられない苦しみの深さを表している。
 恋歌四の巻末に置かれた一首で、第七百四十三首から続く「形見」の一連を締めくくっている。巻頭の第六百七十七首が逢いながらもなお恋しいと詠んだのに対し、巻末の本歌は形見のために忘れられないと詠み、恋の始まりの思いが別れの後にまで続いていくことを示して巻を閉じている。

 初句「形見こそ」は、形見こそがの意で、係助詞「こそ」が二句の「なれ」と係り結びをなす。前の三首と同じ「形見」の語を用いている。
 二句「今はあだなれ」は、今となっては恨めしい敵であるの意で、断定の「なり」の已然形「なれ」で「こそ」の結びとなり、ここで句切れとなる。
 三句「これなくは」は、これがなかったならばの意の仮定条件である。
 四句「忘るる時も」は、忘れる時もの意である。
 結句「あらましものを」は、あっただろうにの意で、反実仮想の「まし」に逆接的な詠嘆の「ものを」が付いている。

あだ:敵。自分に害をなすもの
かたみ:別れた人や亡き人をしのぶよすがとなるもの
作者
よみ人しらず
出典
古今和歌集
前の歌
逢ふまでの形見とてこそとどめけめ 涙に浮かぶもくづなりけり
次の歌
月やあらぬ春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして