うきめのみ生ひて流るる浦なれば
かりにのみこそ海人は寄るらめ
- 歌の意味
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浮き海藻ばかりが生えては流れていく浦なので、海人は刈りに来るだけ、ほんのかりそめに立ち寄るのだろう。つらい目ばかりの私のもとへ、あの人はかりそめにしか来ないのだろう。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 755
詞書「題しらず」
浮いた海藻ばかりが流れる浦に、海人が刈りにだけ立ち寄るという海辺の景に、つらい思いばかりの自分のもとへ男がかりそめにしか訪れない嘆きを重ねた歌である。女を浦、男を海人に見立て、掛詞を重ねて二重の意味を貫いている。
初句「うきめのみ」は、「うきめ」に水に浮く海藻の「浮き海布」と、つらい経験の「憂き目」を掛けた掛詞である。
二句「生ひて流るる」は、海藻が生えては流れていく浦のさまをいい、つらい思いがとめどなく重なることを暗示する。
三句「浦なれば」は、浦であるのでの意で、浦に自分の身を重ねる。「浦」には心の意の「うら」を響かせるとも解される。
四句「かりにのみこそ」は、「かり」に海藻を「刈り」と「仮」を掛けた掛詞で、係助詞「こそ」が結句の「らめ」で結ばれる。
結句「海人は寄るらめ」は、「海人」が訪れる男を、「寄る」が浦に立ち寄る意と男の訪れを重ねる。「らめ」は現在推量「らむ」の已然形で「こそ」を受ける。
うきめ:水に浮く海藻の「浮き海布」と、つらい経験の「憂き目」を掛ける
かり:海藻を刈る意の「刈り」と、かりそめの意の「仮」を掛ける
あま:海で漁をする人
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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花がたみめならぶ人のあまたあれば 忘られぬらむ数ならぬ身は
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あひにあひて物思ふころの我が袖に 宿る月さへ濡るる顔なる