我が袖にまだき時雨の降りぬるは
君が心にあきや来ぬらむ
- 歌の意味
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私の袖に早くも時雨が降ってきたのは、あなたの心に秋が来た、つまり私に飽きがきたからだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 763
詞書「題しらず」
季節より早く袖に時雨が降ったのは、恋人の心に「秋」すなわち「飽き」が来たからかと推し量る歌である。袖を濡らす涙を時雨に見立て、秋と飽きの掛詞で心変わりを示す、恋歌五に繰り返し現れる趣向の一首である。
初句「我が袖に」は、自分の袖をいい、涙で濡れる場所を示す。本巻の第七百五十六首と同じく、袖の涙が恋の嘆きの象徴となる。
二句「まだき時雨の」は、「まだき」が時期が来ないうちに早くもの意で、「時雨」は秋から冬にかけて降る雨である。涙の見立てである。
三句「降りぬるは」は、「ぬる」が完了の助動詞「ぬ」の連体形で、降ってしまったのはの意となる。
四句「君が心に」は、あなたの心にの意で、時雨の季節を相手の心の中に移す。
結句「あきや来ぬらむ」は、「あき」に季節の「秋」と、嫌になる意の「飽き」を掛けた掛詞である。「や」は疑問の係助詞で「らむ」の連体形で結ぶ。
しぐれ:秋の終わりから冬の初めに降ったりやんだりする雨
あき:季節の「秋」と、嫌気がさす意の「飽き」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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玉かづら今は絶ゆとや吹く風の 音にも人の聞こえざるらむ
- 次の歌
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山の井の浅き心も思はぬに 影ばかりのみ人の見ゆらむ