秋風は身を分けてしも吹かなくに
人の心の空になるらむ
- 歌の意味
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秋風は、人の身を分けてその中にまで吹き込むわけではないのに、どうしてあの人の心はうわの空になってしまうのだろう。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 787
詞書「題しらず」
秋風が体の中まで吹き通るわけではないのに、なぜ恋人の心は空のようにうつろになってしまうのかと問う歌である。秋風の「秋」に「飽き」を響かせ、吹き抜ける風と空ろになる心とを重ねて、相手の心変わりへの戸惑いを理知的に表している。
作者の「とものり」は紀友則である。紀有朋の子で、紀貫之の従兄にあたる。大内記に至り、古今和歌集の撰者に任じられたが、完成を見ずに没したとされる。三十六歌仙の一人である。
初句「秋風は」は、秋に吹く風で、「秋」に「飽き」を響かせて心変わりを暗示する。本巻の第七百八十一首以来、秋の景物に心変わりを重ねる歌が続く。
二句「身を分けてしも」は、身を分けて中まで入り込むの意で、「しも」は強意の副助詞である。
三句「吹かなくに」は、「なくに」が打消の「ず」のク語法で、吹かないのにの意となる逆接である。
四句「人の心の」は、恋人の心をいい、結句の「空」の主語となる。
結句「空になるらむ」は、「空」が秋風の吹く空と、うわの空の意を重ね、秋風の縁語となる。「らむ」は原因推量で、なぜそうなるのだろうと問う。
そら:空の意と、心がうつろで落ち着かないさま
- 作者
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紀友則
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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唐衣なれば身にこそまつはれめ かけてのみやは恋ひむと思ひし
- 次の歌
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つれもなくなりゆく人の言の葉ぞ 秋より先のもみぢなりける