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思ふともかれなむ人をいかがせむ
飽かず散りぬる花とこそ見め

歌の意味
どれほど思っても離れていってしまう人を、どうしようか。どうしようもない。まだ見飽きないうちに散ってしまった花だと思って眺めることにしよう。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 799

詞書「題しらず」
 こちらがいくら思っても離れていく人は引き止めようがないので、見飽きないうちに散った花と思ってあきらめようと詠む歌である。離れていく恋人を散る花に見立てることで、嘆きを美しい諦念へと転じている。前歌に続いて心変わりを散る花にたとえる歌が並ぶ。
 作者の「そせい法し」は素性法師である。遍昭の出家前の子で、俗名を良岑玄利という。父の勧めで出家し、雲林院に住んだのち大和の良因院に移った。三十六歌仙の一人である。

 初句「思ふとも」は、「とも」が逆接の仮定で、たとえ思っていてもの意となる。
 二句「かれなむ人を」は、「かれ」に人が「離れ」る意と、草木が「枯れ」る意を掛け、「なむ」は完了と推量で、離れていってしまうだろう人をの意となる。
 三句「いかがせむ」は、どうしようか、どうしようもないの意で、ここで句切れとなる。
 四句「飽かず散りぬる」は、見飽きないうちに散ってしまったの意で、「飽かず」は満ち足りないまま惜しむ気持ちを表す。
 結句「花とこそ見め」は、係助詞「こそ」を推量の「む」の已然形「め」で結び、花と見ることにしようという意志を示す。

かる:人が「離る」意と、草木が「枯る」意を掛ける
あかず:飽きることなく、満ち足りないまま
作者
素性法師
出典
古今和歌集
前の歌
我のみや世をうぐひすとなきわびむ 人の心の花と散りなば
次の歌
今はとて君がかれなば我が宿の 花をばひとり見てやしのばむ