忘れ草かれもやするとつれもなき
人の心に霜は置かなむ
- 歌の意味
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忘れ草が枯れもするかと思って、冷淡なあの人の心に、霜が置いてほしい。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 801
詞書「題しらず」
冷淡な恋人の心には自分を忘れさせる忘れ草が生えているのだろうから、霜が降りてその草を枯らしてほしいと願う歌である。忘れ草を相手の心の中に生えるものとし、霜によって枯らすという奇抜な発想で、忘れられたくない思いを表している。本巻の第七百六十五首、第七百六十六首に続く忘れ草の歌で、次歌とも対をなす。
作者の「むねゆきの朝臣」は源宗于である。光孝天皇の皇子是忠親王の子で、源の姓を賜って臣籍に下った。右京大夫に至り、三十六歌仙の一人である。
初句「忘れ草」は、萱草のことで、身につけると憂いを忘れるとされた草である。次歌の初句も同じ語で始まる。
二句「かれもやすると」は、「かれ」に草が「枯れ」る意と、人が「離れ」る意を響かせる。「や」は疑問で、枯れもするかと思っての意となる。
三句「つれもなき」は、冷淡な、そっけないの意で、恋人を形容する。次歌の四句「つれなき人の」と対応する。
四句「人の心に」は、恋人の心の中を、忘れ草の生える場所として示す。
結句「霜は置かなむ」は、「なむ」が他に対する願望の終助詞で、霜が置いてほしいの意となる。霜は草を枯らすものとして置かれている。
わすれぐさ:萱草のことで、身につけると憂いを忘れるとされた草
かる:草が「枯る」意と、人が「離る」意を掛ける
- 作者
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源宗于
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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今はとて君がかれなば我が宿の 花をばひとり見てやしのばむ
- 次の歌
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忘れ草何をか種と思ひしは つれなき人の心なりけり