秋の田のいねてふこともかけなくに
何を憂しとか人のかるらむ
- 歌の意味
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秋の田の稲ではないが、「去ね」という言葉を口にしたこともないのに、何をつらいと思って、あの人は刈るように私から離れていくのだろう。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 803
詞書「題しらず」
「去ね」とも言っていないのに、なぜ恋人は離れていくのかと嘆く歌である。秋の田の「稲」と「去ね」、稲を「刈る」と「離る」、稲を「懸け」ると言葉を「かけ」るなど、稲田にまつわる掛詞を連ね、収穫の景に去っていく恋人の姿を重ねている。
作者の「そせい法し」は、本文の表記では素性法師を指すが、定家本系の流布本をはじめ一般には兼芸法師の作とされており、ここではそれに従う。兼芸法師は平安前期の僧であるが、伝は詳らかでない。
初句「秋の田の」は、秋の実った田をいい、稲にまつわる語を導く。「秋」に「飽き」を響かせるとも解される。
二句「いねてふことも」は、「いね」に田の「稲」と、去れの意の「去ね」を掛けた掛詞である。「てふ」は「といふ」の約である。
三句「かけなくに」は、「かけ」に刈った稲を稲架に「懸け」る意と、言葉を「かけ」る意を掛け、「なくに」は打消の逆接である。
四句「何を憂しとか」は、何をつらいと思ってかの意で、「か」は疑問の係助詞で結句の「らむ」で結ぶ。
結句「人のかるらむ」は、「かる」に稲を「刈る」意と、人が「離る」意を掛け、「らむ」は原因推量の連体形で結ぶ。
いね:田の「稲」と、立ち去れの意の「去ね」を掛ける
かく:稲を稲架に「懸く」意と、言葉を「かく」意を掛ける
かる:稲を「刈る」意と、人が離れていく意の「離る」を掛ける
- 作者
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兼芸法師
- 出典
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古今和歌集
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忘れ草何をか種と思ひしは つれなき人の心なりけり
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