古典和歌stream

海人の刈る藻に住む虫のわれからと
音をこそなかめ世をば恨みじ

歌の意味
海人が刈る海藻に住む虫の「われから」の名のように、こうなったのは我から、自分のせいだと、声をあげて泣きはしても、あの人との仲を恨みはすまい。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 807

詞書「題しらず」
 恋の苦しみは自分自身が招いたものだから、声をあげて泣きはしても相手や仲を恨むまいと詠む歌である。海藻に住む小さな甲殻類「われから」の名に「我から」を掛け、自らを責める心を海辺の景物に託している。
 この歌は『伊勢物語』第六十五段にも、女の歌として見える。
 作者の「典侍藤原直子朝臣」は、典侍として宮中に仕えた女官、藤原直子である。貞観十六年(874)に従五位下、延喜二年(902)に正四位下に叙された。

 初句「海人の刈る」は、海人が刈り取る海藻をいい、二句の「藻」を導く。
 二句「藻に住む虫の」は、海藻に住む虫の意で、三句の「われから」を導く序詞となる。
 三句「われからと」は、「われから」に海藻に住む小さな甲殻類の「割殻」と、自分のせいでの意の「我から」を掛けた掛詞である。
 四句「音をこそなかめ」は、「ね」が声、「なか」に虫が「鳴か」と自分が「泣か」を響かせる。係助詞「こそ」を推量の「む」の已然形「め」で結び、こそ〜已然形の逆接で、泣きはしてもの意となる。
 結句「世をば恨みじ」は、「世」は男女の仲をいい、「じ」は打消の意志で、恨みはすまいと結ぶ。自分を責め、相手を責めない姿勢を示す。

われから:海藻に住む小さな甲殻類の「割殻」と、自分のせいでの意の「我から」を掛ける
も:海藻
ね:声、泣き声
作者
藤原直子
出典
古今和歌集
前の歌
身を憂しと思ふに消えぬものなれば かくても経ぬる世にこそありけれ
次の歌
あひ見ぬも憂きも我が身のから衣 思ひ知らずも解くる紐かな