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忘らるる身をうぢ橋のなか絶えて
人も通はぬ年ぞ経にける

歌の意味
忘れられてしまうこの身をつらいと思っていると、宇治橋の中ほどが絶えて人も通わないように、二人の仲も絶えて、あの人が通ってこないまま年月が経ってしまった。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 825

詞書「題しらず」
 忘れられた身を嘆くうちに、宇治橋の中ほどが壊れて人が渡らなくなるように、二人の仲も途絶えて恋人が通わないまま年月が過ぎたと詠む歌である。宇治橋の景に「憂し」と「仲」を掛け、橋が絶えるという具体的な姿で関係の断絶を表している。次歌も橋を詠み、結句「年ぞ経にける」を共有して対をなす。
 なお詞書の欄には「又は、こなたかなたに人もかよはず」と添えられており、下の句を「こなたかなたに人も通はず」とする異伝があることを示す。ここでは本文の表記に従う。

 初句「忘らるる」は、「るる」が受身の助動詞「る」の連体形で、忘れられるの意となる。
 二句「身をうぢ橋の」は、「うぢ」に地名の「宇治」と、つらい意の「憂し」を掛けた掛詞である。宇治橋は山城国の宇治川に架かる橋である。
 三句「なか絶えて」は、「なか」に橋の「中」と、二人の「仲」を掛けた掛詞で、橋の中ほどが絶える意と、仲が絶える意を重ねる。
 四句「人も通はぬ」は、人も通わないの意で、橋を渡る人がいないことと、恋人が通って来ないことを重ねる。「通ふ」は「橋」の縁語である。
 結句「年ぞ経にける」は、係助詞「ぞ」を「けり」の連体形「ける」で結ぶ。次歌の結句と同じ句で、年月の経過を嘆く。

うぢ:地名の「宇治」と、つらい意の「憂し」を掛ける
なか:橋の「中」と、二人の「仲」を掛ける
かよふ:行き来する、男が女のもとに通う
作者
よみ人しらず
出典
古今和歌集
前の歌
あきといへばよそにぞ聞きしあだ人の 我をふるせる名にこそありけれ
次の歌
逢ふことをながらの橋のながらへて 恋ひ渡る間に年ぞ経にける