- 歌の意味
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この世の人は亡骸を見ながらでも心を慰めてきた。深草の山よ、せめて煙だけでも立ってくれ。
- 鑑賞
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巻第十六 哀傷歌 831
詞書「堀河太政大臣身まかりにける時に、深草の山にをさめてける後によみける」
堀河太政大臣を深草の山に葬った後に詠んだ歌である。亡骸が目の前にあるうちは、それを見て心を慰めることもできたが、葬られてしまった今は何も見えない。せめて煙だけでも立って、故人のしるしを見せてほしいと願っている。
堀河太政大臣は藤原基経である。良房の養子として摂政、関白となり、深草の地に葬られた。次歌も同じ葬送に際しての歌で、二首が一組となって並ぶ。
作者の勝延は、平安時代前期の天台宗の僧で、僧都の位にあった。
初句「空蝉は」は、蝉の抜け殻の意から転じて、この世に生きる人の意を表す。
二句「からを見つつも」の「から」は、蝉の抜け殻と人の亡骸を掛ける掛詞で、初句の「空蝉」と縁語になる。「つつ」は継続を表す。
三句「慰めつ」の「つ」は完了の助動詞で、これまでは慰めてきたと述べる。三句切れである。
四句「深草の山」は基経を葬った山であり、呼びかけの形になる。次歌の初句も「深草の」で始まり、同じ地名が二首を結ぶ。
結句「煙だに立て」の「だに」は最小限の願いを表し、せめて煙だけでも、の意である。「立て」は命令形で、山に向かって強く求めている。
うつせみ:蝉の抜け殻。転じて、この世に生きている人、現世
から:蝉の抜け殻の意と、人の亡骸の意を掛ける
をさむ:遺骸を葬る
- 作者
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勝延
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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血の涙落ちてぞたぎつ白河は 君が世までの名にこそありけれ
- 次の歌
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深草の野辺の桜し心あらば 今年ばかりは墨染に咲け