神無月時雨に濡るるもみぢ葉は
ただわび人の袂なりけり
- 歌の意味
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神無月の時雨に濡れる紅葉した葉は、まさに悲しみに沈む人の袂そのものであった。
- 鑑賞
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巻第十六 哀傷歌 840
詞書「母が思ひにてよめる」
母の喪に服していたときに詠んだ歌である。冬の初めの時雨に濡れる紅葉は、血の涙に濡れて赤く染まった喪中の人の袂そのものだと詠む。紅葉の赤と涙に濡れた袂とを重ね、母を失った悲しみを季節の景物に託している。
次歌は父の喪の歌であり、母と父の喪の歌が並んで配されている。
作者の「凡河内みつね」は凡河内躬恒である。古今集の撰者の一人で、三十六歌仙の一人である。
初句「神無月」は陰暦十月で、冬の初めの月である。
二句「時雨に濡るる」の「時雨」は、晩秋から初冬に降ったりやんだりする雨で、涙の比喩でもある。
三句「もみぢ葉は」は紅葉した木の葉である。その赤は、悲しみのあまり流す血の涙の色を連想させる。
四句「ただわび人の」の「わび人」は、悲しみに沈む人、ここでは喪中の作者自身を指す。
結句「袂なりけり」は、袂そのものであった、と気づきを表す。紅葉を涙に濡れた袂に見立てている。
おもひ:喪に服すること、喪中
わびびと:悲しみに沈む人、つらい思いをしている人
たもと:袖。特に袖の下の袋状の部分
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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時しもあれ秋やは人の別るべき あるを見るだに恋しきものを
- 次の歌
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藤衣はつるる糸はわび人の 涙の玉の緒とぞなりける