朝露のおくての山田かりそめに
憂き世の中を思ひぬるかな
- 歌の意味
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朝露が置く晩稲の山田を刈るではないが、かりそめのはかないものとして、このつらい世の中を思うようになったことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 哀傷歌 842
詞書「思ひに侍りける年の秋、山寺へまかりける道にてよめる」
喪に服していた年の秋、山寺へ向かう道で詠んだ歌である。道中に見た朝露の置く山田の景色から、世の中はかりそめのはかないものだと思うに至る。上の句の景が下の句の心情を導く構成で、露のはかなさと喪中の思いが重なっている。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆した。三十六歌仙の一人である。
初句「朝露の」は、朝に置く露で、はかないものの象徴でもある。
二句「おくての山田」の「おくて」は、露が「置く」と、遅く実る稲である「晩稲」を掛ける掛詞である。「山田」は山あいの田である。
三句「かりそめに」は、晩稲を「刈り」と、一時的ではかない意の「かりそめ」を掛ける掛詞である。初句から二句までが、この句を導く序詞となっている。
四句「憂き世の中を」は、つらいことの多いこの世の中を、の意である。
結句「思ひぬるかな」の「ぬる」は完了の助動詞で、そう思うようになったことを詠嘆している。
おもひ:喪に服すること、喪中
おくて:露が置く意と、遅く実る稲である晩稲の意を掛ける
かりそめ:稲を刈る意と、一時的ではかない意を掛ける
- 作者
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紀貫之
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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藤衣はつるる糸はわび人の 涙の玉の緒とぞなりける
- 次の歌
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墨染の君が袂は雲なれや 絶えず涙の雨とのみ降る