- 歌の意味
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ほととぎすが今朝鳴く声にはっと気づいてみると、今はちょうどあなたと死に別れた時節であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 哀傷歌 849
詞書「藤原高経朝臣の身まかりての又の年の夏、郭公の鳴きけるを聞きてよめる」
藤原高経が亡くなった翌年の夏、ほととぎすの鳴き声を聞いて詠んだ歌である。今朝のほととぎすの声にはっとして、ちょうど一年前、高経と死に別れた時節がめぐってきたことに気づく。季節の訪れを告げる鳥の声が、故人の一周忌を思い起こさせている。
詞書の藤原高経は、藤原長良の子で、基経の弟にあたる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆した。三十六歌仙の一人である。
初句「郭公」は初夏に鳴く鳥で、冥土との間を行き来する鳥とも考えられていた。
二句「今朝鳴く声に」は、今朝鳴いた声によって、の意である。
三句「驚けば」は、はっと気づくと、の意である。
四句「君を別れし」は、あなたと死に別れた、の意である。
結句「時にぞありける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ。その時節であったと気づいた詠嘆である。
おどろく:はっと気づく、目を覚ます
- 作者
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紀貫之
- 出典
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古今和歌集
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うちつけに寂しくもあるかもみぢ葉も 主なき宿は色なかりけり
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