つひに行く道とはかねて聞きしかど
昨日今日とは思はざりしを
- 歌の意味
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最後には誰もが行く死出の道だとは前から聞いていたけれども、それが昨日や今日のこととは思わなかったのに。
- 鑑賞
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巻第十六 哀傷歌 861
詞書「病して弱くなりにける時よめる」
病にかかって衰弱したときに詠んだ歌である。人は誰でも最後には死ぬと前から聞いて知ってはいたが、それがこれほど差し迫ったこととは思わなかったと詠む。死を目前にした率直な驚きと戸惑いを飾らずに表し、辞世の歌として広く知られる。
『伊勢物語』の最終段にもこの歌が収められ、物語の主人公の生涯を締めくくる歌となっている。
作者の「なりひらの朝臣」は在原業平である。平城天皇の皇子阿保親王の子で、六歌仙、三十六歌仙の一人である。
初句「つひに行く」は、最後には必ず行く、の意である。
二句「道とはかねて」は、死出の道だとは前もって、の意である。「かねて」は以前から、の意である。
三句「聞きしかど」の「ど」は逆接で、聞いていたけれども、の意である。
四句「昨日今日とは」は、昨日や今日のように差し迫ったこととは、の意である。本巻の第八百三十八首の「明日知らぬ」「今日は」と同じく、日を単位として死の近さを捉えている。
結句「思はざりしを」の「を」は逆接の詠嘆で、思わなかったのに、と余情を残して結ぶ。
かねて:以前から、前もって
- 作者
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在原業平
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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露をなどあだなるものと思ひけむ 我が身も草に置かぬばかりを
- 次の歌
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かりそめの行き交ひ路とぞ思ひ来し 今は限りの門出なりけり