我が上に露ぞ置くなる天の河
門渡る舟のかいのしづくか
- 歌の意味
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私の上に露が降りてくるようだ。天の河の川門を渡る舟の櫂からこぼれるしずくであろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌上 863
詞書「題しらず」
自分の身に降りかかる夜露を、天の河を渡る舟の櫂からこぼれたしずくかと見立てた歌である。地上の露と天上の河とを一続きにとらえる大らかな空想に、七夕の夜の情趣がにじむ。
雑歌上の巻頭に置かれた一首である。巻第四の秋歌上には七夕の歌群があるが、本歌は題しらずとして季を離れ、天と地を結ぶ広がりのある歌で雑の部を開いている。作者は未詳である。
初句「我が上に」は、露の降りる場所を自分の身の上に限定し、歌の視点を地上の一人に据える。
二句「露ぞ置くなる」は、係助詞「ぞ」を受けて伝聞推定の助動詞「なり」の連体形「なる」で結ぶ係り結びである。姿の見えないものを気配で感じ取る言い方で、ここで意味が切れる二句切れである。
三句「天の河」から視線は一気に天上へ移る。本巻では第八百八十二首も天の河を詠み、月を流すものとしてこれを描いており、巻頭の本歌と響き合う。
四句「門渡る舟の」の「門」は川の狭くなった渡り場のことである。七夕の夜に牽牛が織女のもとへ渡る舟を思わせる。
結句「かいのしづくか」は、露の正体を櫂のしずくかと推し量る疑問で結ぶ。一首は地上の露に始まり天上の舟の櫂で終わる構成で、巻末に置かれた本巻の第九百三十二首が稲の穂を「こきたれて」と、しずくの垂れる像で閉じるのと呼応するとも読める。
とわたる:川や海の狭い渡り場を渡る
かい:舟をこぐ道具、櫂
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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かりそめの行き交ひ路とぞ思ひ来し 今は限りの門出なりけり
- 次の歌
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思ふどちまとゐせる夜は唐錦 たたまく惜しき物にぞありける