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かつ見れど疎くもあるかな月影の
至らぬ里もあらじと思へば

歌の意味
こうして見ているそばから、なんとなく疎ましく思われることだ。月の光の届かない里などないと思うと。
鑑賞
巻第十七 雑歌上 880

詞書「月おもしろしとて凡河内躬恒がまうで来たりけるに詠める」
 月が美しいからと凡河内躬恒が訪ねて来た折に詠んだ歌である。目の前の月を眺めながらも、月の光はどの里にも届くもので自分だけのものではないと思うと、疎ましく感じられるという。月に託して、どこへでも出かけていく躬恒を軽くからかう、親しい友への戯れの心もこめられている。
 作者の「きのつらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、『古今和歌集』の撰者の中心となり、仮名序を著した。『土佐日記』の作者でもあり、三十六歌仙の一人である。
 躬恒も『古今和歌集』の撰者の一人で、貫之とは親しい歌友であった。

 初句「かつ見れど」の「かつ」は、一方では、そばからの意で、見ている最中にもの意となる。
 二句「疎くもあるかな」は、詠嘆の「かな」で結び、ここで意味が切れる二句切れである。愛すべき月をあえて「疎し」とするところに機知がある。
 三句「月影の」は月の光である。月に訪れてきた躬恒の姿を重ねる読みもある。
 四句「至らぬ里も」は、光の届かない里のことで、月があまねく照らすことを裏から述べる。
 結句「あらじと思へば」は、打消推量の「じ」に順接確定の「ば」が付き、疎ましく思う理由を倒置で示す。

かつ:一方では、そばから
まうづ:参上する、訪ねて来る
うとし:親しみが薄い、疎ましい
作者
紀貫之
出典
古今和歌集
前の歌
おほかたは月をもめでじこれぞこの 積もれば人の老いとなるもの
次の歌
二つなきものと思ひしを水底に 山の端ならで出づる月影