いにしへの野中の清水ぬるけれど
本の心を知る人ぞ汲む
- 歌の意味
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昔の野中の清水は、今ではぬるくなってしまったけれど、もとの冷たく清らかだった心を知る人は汲むのだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌上 887
詞書「題しらず」
かつて冷たく清らかだった野中の清水が、今はぬるくなっても、もとの姿を知る人は今も汲むと詠む歌である。盛りを過ぎたものでも、昔を知る人は変わらず大切にするという心を喩えている。作者は未詳である。
野中の清水は播磨国印南野にあったとされる歌枕で、この歌から、昔なじみの人や、以前の恋人を指す言葉として用いられるようになった。
初句「いにしへの」は、昔の、の意で、盛りの頃を思わせる。次歌の第八百八十八首も同じ初句で始まり、二首が連なる。
二句「野中の清水」は、野の中に湧く清水で、歌枕として知られる。
三句「ぬるけれど」は、逆接の「ど」で、今は水がぬるくなったことを認める。
四句「本の心を」は、前歌の第八百八十六首の「本の心は」と同じ語句を用い、清水の本来の性質と人の昔の心を重ねる。
結句「知る人ぞ汲む」は、「ぞ」を受けて連体形「汲む」で結ぶ係り結びである。
のなかのしみづ:野中に湧く清水、播磨国の歌枕
くむ:水をすくい取る、汲む
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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石上ふるから小野の本柏 本の心は忘られなくに
- 次の歌
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いにしへのしづのをだまきいやしきも よきも盛りはありしものなり