老いぬとてなどか我が身を責めきけむ
老いずは今日に会はましものか
- 歌の意味
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年老いてしまったといって、どうして我が身を責めてきたのだろう。老いるまで生きていなければ、今日のこのめでたい日に巡り合えただろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌上 903
詞書「同じ御時の殿上の侍にて、男どもに大御酒賜ひて、大御遊びありけるついでに仕うまつれる」
宇多天皇の時代、殿上の間で男たちに御酒が下され、管絃の遊びが催された折に詠んだ歌である。老いたことを嘆いてきたが、長生きしたからこそ今日の晴れの宴に巡り合えたのだと、老いを肯定して帝の恵みを讃えている。
作者の「としゆきの朝臣」は藤原敏行である。藤原富士麻呂の子で、右兵衛督に至った。能書家としても知られ、三十六歌仙の一人である。
本巻で長く続いた老いの歌群は、本歌で老いを喜びに転じて結ばれる。
初句「老いぬとて」は、老いてしまったといっての意である。本巻の第九百首の初句「老いぬれば」とも響き、老いを起点に歌い起こす。
二句「などか我が身を」の「などか」は、どうしてかと反省をこめて問う語で、三句の「けむ」と係り結びをなす。
三句「責めきけむ」は、過去推量の「けむ」の連体形で結び、どうして責めてきたのだろうと振り返る。ここで意味が切れる三句切れである。
四句「老いずは今日に」は、老いなかったならばの意の仮定で、今日の宴を強調する。
結句「会はましものか」は、反実仮想の「まし」に反語の「ものか」が付き、会えただろうか、いや会えなかったの意となる。
おほみあそび:宮中で催される管絃の遊び
おほみき:神や天皇に献じる酒、御酒
つかうまつる:お仕えする、ここでは歌を詠み申し上げる
- 作者
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藤原敏行
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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白雪の八重降りしけるかへる山 かへるがへるも老いにけるかな
- 次の歌
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ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞ あはれとは思ふ年の経ぬれば