水の上に浮かべる舟の君ならば
ここぞとまりと言はましものを
- 歌の意味
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あなたが水の上に浮かんでいる舟であるならば、ここが泊まりの港ですよと申し上げて、お引き留めしますのに。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌上 920
詞書「中務の親王の家の池に舟を造りて下ろし始めて遊びける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、夕さりつかた、帰りおはしまさむとしける折に、詠みて奉りける」
中務卿の親王の邸の池で新造の舟を初めて浮かべて遊んだ日、宇多法皇が見物に訪れ、夕方になって帰ろうとした時に詠んで奉った歌である。法皇を池の舟に喩え、舟ならばここが泊まりの港ですと言ってお引き留めするのにと、名残を惜しむ心を詠んでいる。
作者の「伊勢」は、藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた女房である。宇多天皇の寵を受け、のちに中務卿敦慶親王との間に歌人の中務を生んだ。三十六歌仙の一人である。
詞書の「中務の親王」は、宇多天皇の皇子で中務卿であった敦慶親王と考えられる。前歌の第九百十九首に続き、法皇ゆかりの水辺の歌である。
初句「水の上に」は、池の水面を示し、舟遊びの場面を描く。
二句「浮かべる舟の」は、存続の「り」の連体形を用い、浮かんでいる舟の意となる。
三句「君ならば」は、法皇を舟に見立てる仮定で、舟遊びの場にふさわしい見立てである。
四句「ここぞとまりと」の「とまり」は、舟の「泊まり」と、お「留まり」を掛けた掛詞である。
結句「言はましものを」は、反実仮想の「まし」に逆接の「ものを」が付き、そう申し上げてお引き留めするのにの意となる。
とまり:舟の停泊する港の意と、とどまるの意を掛ける
ゆふさりつかた:夕方
- 作者
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伊勢
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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あしたづの立てる川辺を吹く風に 寄せて返らぬ波かとぞ見る
- 次の歌
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都まで響き通へるからことは 波の緒すげてぞ弾きける