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風吹けど所も去らぬ白雲は
世を経て落つる水にぞありける

歌の意味
風が吹いてもその場所から去らない白雲は、長い年月を経て落ち続ける滝の水であったのだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌上 929

詞書「同じ滝を詠める」
 前歌と同じ比叡山の音羽の滝を詠んだ歌である。遠くから白雲と見えたものが、風が吹いても動かないので、実は長い年月流れ落ち続ける滝の水であったと気づく驚きを詠む。雲と見まがう滝の高さと白さが表されている。
 作者の「みつね」は凡河内躬恒である。『古今和歌集』の撰者の一人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「風吹けど」は、逆接の「ど」で、風が吹いてもの意となる。
 二句「所も去らぬ」は、その場から動かないの意で、雲ならば風に流されるはずだという前提を示す。
 三句「白雲は」は、滝を遠目に白雲と見る見立てである。
 四句「世を経て落つる」は、長い年月を経て落ち続けるの意で、本巻の第九百二十四首の「世を経て見れど」と同じ語句で響き合う。
 結句「水にぞありける」は、「ぞ」を受けて「ける」で結ぶ係り結びで、滝の水であったと気づいた驚きを示す。前歌が滝を白髪に見立てたのに対し、本歌は白雲に見立て、同じ滝を別の見立てで詠む対をなす。

さる:その場所から離れる、去る
作者
凡河内躬恒
出典
古今和歌集
前の歌
落ちたぎつ滝の水上年積もり 老いにけらしな黒き筋なし
次の歌
思ひせく心の内の滝なれや 落つとは見れど音の聞こえぬ