刈りて干す山田の稲のこきたれて
なきこそわたれ秋の憂ければ
- 歌の意味
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刈って干す山田の稲をしごいて穂を落とすように、涙をしきりに流して、鳴き続けて、泣き続けていることだ。秋がつらいので。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌上 932
詞書「屏風の絵に詠みあはせて書きける」
屏風の絵に合わせて詠み、書き添えた歌である。刈り取って干した山田の稲をしごく情景を序として、秋のつらさに涙を流して泣き続けると詠む。「なき」の一語に、鳥の鳴く声と人の泣く姿とが重ねられている。
作者の「坂上これのり」は坂上是則である。坂上田村麻呂の子孫とされ、加賀介などを務めた。蹴鞠の名手としても知られ、三十六歌仙の一人である。
本歌は雑歌上の巻末に置かれている。巻頭の第八百六十三首が天の河の舟の櫂のしずくを詠んだのに対し、本歌は稲の穂から実をこき落とす像で巻を閉じ、しずくや実がこぼれ落ちるという像で巻頭と巻末が呼応するとも読める。
初句「刈りて干す」は、刈り取った稲を干す秋の農作業の情景を示す。
二句「山田の稲の」は、山あいの田の稲で、上二句が三句を導く序詞となる。
三句「こきたれて」は、稲の穂から実を「扱き垂れ」ることと、涙をしきりに「こき垂れ」て流すことを掛けた掛詞である。
四句「なきこそわたれ」の「なき」は、鳥が「鳴き」と、人が「泣き」を掛けた掛詞である。「こそ」は「わたれ」と係り結びをなし、泣き続けているの意となる。
結句「秋の憂ければ」は、順接確定の「ば」で理由を倒置で示す。前歌の第九百三十一首の「世は春なれや」と対をなし、春の喜びから秋の憂いへと転じて巻が閉じられる。
こきたる:稲の穂から実をしごき落とす意と、涙をしきりに流す意を掛ける
なく:鳥が鳴く意と、人が泣く意を掛ける
わたる:ずっと~し続ける
- 作者
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坂上是則
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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咲きそめし時より後はうちはへて 世は春なれや色の常なる
- 次の歌
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世の中は何か常なるあすか川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる