幾世しもあらじわが身をなぞもかく
海人の刈る藻に思ひ乱るる
- 歌の意味
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いく年も生きられはしないわが身であるのに、どうしてこのように、海人が刈る藻のように思い乱れるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 934
詞書「題しらず」
長くは生きられない身でありながら、海人の刈る藻のように乱れて物思いをする自分を顧みた歌である。限りある命と尽きない物思いとの落差に、世の中の憂さを嘆いている。
刈り取られた藻の乱れるさまは、心の乱れをたとえる景として和歌に多く用いられる。前歌の飛鳥川に続いて、水辺の景に託して心のありようを詠んでいる。
作者は「読人しらず」とされ、名は伝わらない。
初句「幾世しも」は、どれほどの年月も、の意。「しも」は強めの助詞で、二句の打消と呼応する。
二句「あらじわが身を」は、長くは生きていないであろうわが身であるのに、の意。「じ」は打消推量の助動詞で、「を」は逆接の気持ちを含む。
三句「なぞもかく」は、どうしてこのように、の意。自らに問いかける語調で、結句の連体形「乱るる」と呼応する。
四句「海人の刈る藻に」は、海人が刈り取る海藻のように、の意。刈られた藻が乱れることから、結句の「乱るる」を導いている。
結句「思ひ乱るる」は、あれこれと心が乱れる、の意。疑問の「なぞ」を受けて連体形で結び、詠嘆の余韻を残している。
あま:海で漁をしたり藻を刈ったりする人、海人
も:海藻の総称
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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世の中は何か常なるあすか川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる
- 次の歌
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雁の来る峰の朝霧晴れずのみ 思ひ尽きせぬ世の中の憂さ