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しかりとて背かれなくに事しあれば
まづ嘆かれぬあな憂世の中

歌の意味
そうだからといって世を捨てることもできないのに、何か事があると、まず嘆かずにはいられない。ああ、つらい世の中であるよ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 936

詞書「題しらず」
 世がつらいからといって出家して世を捨てることもできず、それでいて事が起こるたびに嘆いてしまうという、矛盾した心を詠んだ歌である。「あな憂世の中」と直接に嘆きを言い放つ結句に、作者の率直な感情が表れている。
 世を捨てきれない身の嘆きは本巻で繰り返される主題であり、前歌の「世の中の憂さ」を受けて、嘆きをいっそう強く言い表している。
 作者の「小野たかむらの朝臣」は小野篁である。参議小野岑守の子で、遣唐副使に任じられながら乗船を拒んで隠岐に流され、のちに許されて参議に至った。漢詩文にすぐれ、野宰相と称された。

 初句「しかりとて」は、そうだからといって、の意。世がつらいことを前提として受けている。
 二句「背かれなくに」は、世を背くこと、すなわち出家することもできないのに、の意。「れ」は可能の助動詞で、「なくに」は打消の逆接を表す。
 三句「事しあれば」は、何か事があると、の意。「し」は強めの助詞である。
 四句「まづ嘆かれぬ」は、まっさきに嘆かずにはいられない、の意。「れ」は自発の助動詞で、自然と嘆いてしまう心を示す。四句切れである。
 結句「あな憂世の中」は、ああつらい世の中よ、の意。感動詞「あな」に形容詞の語幹「憂」を続けた強い詠嘆で、体言止めで結ぶ。本巻の第九百四十三首の「あなうとやいはむ」、第九百四十九首の「あなうの花」と同じ嘆きの語を共有している。

そむく:世に背を向ける、出家して俗世を離れる
作者
小野篁
出典
古今和歌集
前の歌
雁の来る峰の朝霧晴れずのみ 思ひ尽きせぬ世の中の憂さ
次の歌
都人いかがと問はば山高み 晴れぬ雲居にわぶと答へよ