わびぬれば身をうき草の根を絶えて
誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ
- 歌の意味
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わびしく暮らしているので、この身を憂いものと思い、根の切れた浮草のように、誘ってくれる水があるならば、流れて行ってしまおうと思う。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 938
詞書「文屋康秀、三河掾になりて、県見にはえ出で立たじやと言ひやれりける返事によめる」
三河掾となった文屋康秀から、任国の見物に出かけないかと誘われた小野小町の返歌である。つらい身の上を根のない浮草にたとえ、誘ってくれる人があればついて行こうと答えている。
誘いに応じるようでいて、自らの身の頼りなさを嘆く気持ちが強く表れており、小町の代表歌の一つとして知られる。本巻の第九百七十六首の凡河内躬恒の歌も「浮草」「根を絶えて」を用いており、語句を共有している。
作者は小野小町である。六歌仙、三十六歌仙の一人で、出自は明らかでないが、仁明天皇の頃の宮廷に仕えたとみられる。恋の歌にすぐれ、情熱的な作風で知られる。
初句「わびぬれば」は、つらく思い暮らしているので、の意。「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、「ば」とともに確定条件を表す。
二句「身をうき草の」は、「憂き」と「浮き草」を掛ける掛詞で、身を憂しと思うことと水に浮く草とを重ねている。
三句「根を絶えて」は、浮草の根が切れて、の意。頼るところのない身の上を表す。「根」は「浮草」の縁語である。
四句「誘ふ水あらば」は、誘い流してくれる水があれば、の意。康秀の誘いを水にたとえている。八音の字余りである。
結句「いなむとぞ思ふ」は、行ってしまおうと思う、の意。「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は意志。係助詞「ぞ」を受けて「思ふ」が連体形で結ぶ。
うきくさ:水面に浮かんで生える草。「憂き」を掛ける
あがたみ:地方官が任国を見て回ること、また地方の見物
いぬ:去る、行ってしまう
- 作者
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小野小町
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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都人いかがと問はば山高み 晴れぬ雲居にわぶと答へよ
- 次の歌
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あはれてふ事こそうたて世の中を 思ひ離れぬほだしなりけれ