世を捨てて山に入る人山にても
なほ憂き時はいづち行くらむ
- 歌の意味
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世を捨てて山に入った人は、山にいてもなおつらい時には、どこへ行くのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 956
詞書「山の法師のもとへつかはしける」
山に住む法師に贈った歌である。世を捨てて山に入った人でも、山でなおつらいことがあればどこへ行くのかと問いかけ、どこにも逃れ場のない世の憂さを、軽い諧謔を交えて示している。
前の一連が山に隠れることを願ったのに対し、この歌は山に入った後もなお憂さは残ると問い返しており、一連を受けて転じる位置に置かれている。
作者の「凡河内みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、甲斐少目、和泉大掾などを歴任した。三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「世を捨てて」は、俗世を捨てて、すなわち出家して、の意である。
二句「山に入る人」は、山に入って修行する人をいう。
三句「山にても」は、山にいても、の意。二句の「山」を繰り返して問いを導いている。
四句「なほ憂き時は」は、それでもなおつらい時は、の意である。
結句「いづち行くらむ」は、どこへ行くのだろうか、の意。「いづち」は方向を問う語、「らむ」は現在推量の助動詞である。
ほふし:僧、出家した人
いづち:どちら、どこへ
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには 思ふ人こそほだしなりけれ
- 次の歌
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今更に何生ひ出づらむ竹の子の 憂きふし繁きよとは知らずや