わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に
藻塩たれつつわぶと答へよ
- 歌の意味
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たまたま私のことを尋ねる人があったら、須磨の浦で藻塩の雫を垂らしながら、涙に濡れてわびしく暮らしていると答えてくれ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 962
詞書「田邑の御時に、事に当たりて津の国の須磨といふ所にこもり侍りけるに、宮の内に侍りける人につかはしける」
文徳天皇の御代に、ある事件にかかわって摂津国の須磨に籠もっていた作者が、宮中の人に贈った歌である。須磨の浦で藻塩を焼く海人の暮らしに重ねて、涙に暮れるわびしい日々を伝えている。
この歌は後に源氏物語の須磨の巻で、光源氏の須磨退去の背景として踏まえられ、須磨をわび住まいの地とする印象を定めた。
本巻の第九百三十七首の小野貞樹の歌と「わぶと答へよ」の結句を共有し、都を離れた者が都人への答えを託す同じ構図をとっている。
作者は在原行平である。「朝臣」は敬称である。阿保親王の子で、在原業平の兄にあたる。中納言に至り、一族の子弟の教育のために奨学院を創設した。
初句「わくらばに」は、たまたま、まれに、の意である。
二句「問ふ人あらば」は、私のことを尋ねる人があったら、の意で、仮定条件である。
三句「須磨の浦に」は、摂津国須磨の海辺で、の意。六音の字余りである。
四句「藻塩たれつつ」は、藻塩の雫を垂らしながら、の意。「たれ」は藻塩の潮水を垂らすことと、涙を垂らすこととを掛ける掛詞である。
結句「わぶと答へよ」は、わびしく暮らしていると答えてくれ、の意。本巻の第九百三十七首と同じ結句である。
もしほ:海藻に海水を注いで焼き、塩をとるための潮水
たる:藻塩の潮水を「垂る」と、涙を「垂る」を掛ける
- 作者
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在原行平
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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思ひきや鄙の別れに衰へて 海人の縄たき漁りせむとは
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あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ 我か人かと身をたどる世に