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久方の中に生ひたる里なれば
光をのみぞ頼むべらなる

歌の意味
月の中に生えているという桂の名を持つ里に住んでいるので、ひたすら月の光、すなわち中宮様の御恵みだけを頼りにしているようだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 968

詞書「桂に侍りける時に、七条の中宮の問はせ給へりける御返事にたてまつれりける」
 桂の里に住んでいた作者が、見舞いの便りをくださった七条の中宮に奉った返事の歌である。「七条の中宮」は宇多天皇の中宮藤原温子である。月の中に桂の木が生えているという中国の伝説をもとに、桂の里を「久方の中に生ひたる里」と言い、月の光に中宮の恩恵を重ねて、その御心だけを頼りにしていると伝えている。
 地名から月を連想させ、中宮への感謝を気品ある形で表しており、仕えた主人への親愛がうかがえる。
 作者は伊勢である。伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産み、のちに敦慶親王との間に中務を産んだ。三十六歌仙の一人である。

 初句「久方の」は、本来「天」「月」「光」などにかかる枕詞であるが、ここでは月そのものを指して用いている。
 二句「中に生ひたる」は、月の中に生えている、の意。月に桂の木があるという伝説を踏まえ、地名の「桂」を導いている。本文の「中」は読み仮名の行で「うち」と読む。
 三句「里なれば」は、里であるので、の意。桂の里を指している。
 四句「光をのみぞ」は、月の光だけを、の意。月の光に中宮の恩恵を重ねる。係助詞「ぞ」を受けて結句を連体形で結ぶ。
 結句「頼むべらなる」は、頼りにしているようだ、の意。「べらなる」は推量の「べらなり」の連体形で、「ぞ」の結びである。

ひさかた:天、月、光などにかかる枕詞。ここでは月を指す
かつら:山城国の地名。月に生えるという桂の木を連想させる
作者
伊勢
出典
古今和歌集
前の歌
光なき谷には春もよそなれば 咲きてとく散る物思ひもなし
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今ぞ知る苦しきものと人待たむ 里をば離れず訪ふべかりけり