忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや
雪踏みわけて君を見むとは
- 歌の意味
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ふと現実を忘れては、夢ではないかと思う。思いもしなかった。雪を踏み分けて、このようなお住まいのあなたにお目にかかろうとは。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 970
詞書「惟喬親王のもとにまかり通ひけるを、頭下ろして小野といふ所に侍りけるに、正月に訪らはむとてまかりたりけるに、比叡の山の麓なりければ、雪いと深かりけり。しひてかの室にまかり至りて拝みけるに、つれづれとしていと物悲しくて、帰りまうで来てよみて送りける」
出家して比叡山麓の小野に隠棲した惟喬親王を、正月に雪を踏み分けて訪ね、その寂しい住まいを見て帰った後に贈った歌である。かつて親しく仕えた親王の変わり果てた境遇を目の当たりにした驚きと悲しみが、「夢かとぞ思ふ」の句に込められている。
この話は伊勢物語第八十三段にも見え、主従の深い情を伝える歌として名高い。本巻の第九百四十五首の惟喬親王の歌が山の峰での暮らしを詠むのと呼応している。
本巻の第九百六十一首の小野篁の歌と「思ひきや…とは」の同じ構文をとり、思いがけない境遇への驚きを表している。
作者の「なりひらの朝臣」は在原業平である。「朝臣」は敬称である。阿保親王の子で、母は桓武天皇の皇女伊都内親王。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公に擬せられる。
初句「忘れては」は、ふと現実を忘れては、の意。親王が出家した今の事実をつい忘れることをいう。
二句「夢かとぞ思ふ」は、夢ではないかと思う、の意。係助詞「ぞ」を受けて連体形「思ふ」で結ぶ。二句切れである。
三句「思ひきや」は、思っただろうか、いや思いもしなかった、の意。「き」は過去、「や」は反語で、結句の「とは」と呼応する。本巻の第九百六十一首の初句と同じ語である。
四句「雪踏みわけて」は、雪を踏み分けて、の意。比叡山麓の深い雪を分けて訪ねた実際の道のりを示している。
結句「君を見むとは」は、あなたにお目にかかろうとは、の意。倒置により、三句の「思ひきや」の内容を最後に示している。
かしらおろす:髪を剃って出家する
むろ:僧の住む庵、僧房
- 作者
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在原業平
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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今ぞ知る苦しきものと人待たむ 里をば離れず訪ふべかりけり
- 次の歌
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年を経て住みこし里を出でていなば いとどふかくさ野とやなりなむ