わが庵は三輪の山もと恋しくは
とぶらひ来ませ杉立てる門
- 歌の意味
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私の庵は三輪山のふもとにある。恋しく思うならば訪ねていらっしゃい。杉の立っている門を目印に。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 982
詞書「題しらず」
三輪山のふもとの庵に住む者が、恋しいならば杉の立つ門を目印に訪ねて来てほしいと誘う歌である。三輪山の杉は神の山のしるしとして名高く、その杉を門の目印にしているところに趣がある。
この歌は三輪明神の神詠とも伝えられ、後世の謡曲「三輪」でも引かれた。次歌の第九百八十三首の喜撰法師の歌と「わが庵は」の初句を共有し、庵の所在を示す二首が並べられている。
作者は「読人しらず」とされ、名は伝わらない。
初句「わが庵は」は、私の住まいは、の意。次歌と同じ初句である。
二句「三輪の山もと」は、大和国の三輪山のふもと、の意。体言で止めて所在を示す二句切れである。
三句「恋しくは」は、恋しいならば、の意である。
四句「とぶらひ来ませ」は、訪ねていらっしゃい、の意。「ませ」は尊敬の補助動詞「ます」の命令形である。
結句「杉立てる門」は、杉の立っている門、の意。「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、体言止めで結ぶ。
いほ:草木で作った粗末な住まい、庵
とぶらふ:訪ねる、訪問する
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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いざここにわが世は経なむ菅原や 伏見の里の荒れまくも惜し
- 次の歌
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わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり