飛鳥川淵にもあらぬわが宿も
せにかはりゆくものにぞありける
- 歌の意味
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飛鳥川の淵でもない私の家も、淵が瀬に変わるように、銭に変わってゆくものであったよ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 990
詞書「家を売りてよめる」
家を売った時に詠んだ歌である。本巻の巻頭の第九百三十三首の「昨日の淵ぞ今日は瀬になる」を踏まえ、飛鳥川の淵ではない自分の家も、淵が瀬に変わるように「銭」に変わってしまったと、機知をもって身の上の変化を詠んでいる。
家を手放す寂しさを、世の無常を詠んだ名高い歌を下敷きにしてしゃれに転じており、伊勢の才気がうかがえる。巻頭歌との照応によって、巻の中で無常の主題が繰り返されている。
作者は伊勢である。伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産み、のちに敦慶親王との間に中務を産んだ。三十六歌仙の一人である。
初句「飛鳥川」は、大和国の飛鳥川。淵瀬の定まらない川として、本巻の第九百三十三首を踏まえている。
二句「淵にもあらぬ」は、淵でもない、の意である。
三句「わが宿も」は、私の家も、の意である。
四句「せにかはりゆく」は、瀬に変わってゆく、の意。「せ」に川の「瀬」と金銭の「銭(ぜに)」を掛ける掛詞である。
結句「ものにぞありける」は、ものであったよ、の意。係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ。
せ:川の「瀬」と、金銭の「銭(ぜに)」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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風の上にありか定めぬ塵の身は 行方も知らずなりぬべらなり
- 次の歌
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ふるさとは見しごともあらず斧の柄の 朽ちし所ぞ恋しかりける