山河の音にのみ聞くももしきを
身をはやながら見るよしもがな
- 歌の意味
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山川の音のように、うわさにばかり聞いている宮中を、この身が昔のままで見る手だてがあればよいのに。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1000
詞書「歌召しける時にたてまつるとてよみて、奥に書きつけてたてまつりける」
歌を召された時に、奉る歌の奥に書き付けて奉った歌である。山川の流れの音のように、今はうわさに聞くばかりの宮中を、昔のままの身で再び見ることができればよいと、かつて仕えた宮中への思いを詠んでいる。
「はや」には山川の流れの「早」と、以前の意の「はや」を掛け、宮仕えを退いた身の懐旧の情を表している。
巻頭の第九百三十三首が飛鳥川の淵瀬で世の移り変わりを詠んだのに対し、巻末のこの歌も山川の流れを詠み、川にはじまり川に終わる配列となっている。
作者は伊勢である。伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産み、のちに敦慶親王との間に中務を産んだ。三十六歌仙の一人である。
初句「山河の」は、山の中を流れる川の、の意。本文は「山河」と表記する。流れの音から二句の「音」を導いている。
二句「音にのみ聞く」は、うわさにばかり聞く、の意。「音に聞く」は評判や話に聞くことをいう。
三句「ももしきを」は、宮中を、の意である。
四句「身をはやながら」は、わが身が昔のままで、の意。「はや」に山川の流れの「早」と、以前の意の「はや」を掛ける掛詞である。
結句「見るよしもがな」は、見る手だてがあればよいのに、の意。「もがな」は願望の終助詞である。
ももしき:宮中、皇居
はや:山川の流れの「早」と、以前、昔の意の「はや」を掛ける
よし:手だて、方法
- 作者
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伊勢
- 出典
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古今和歌集
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人知れず思ふ心は春霞 たち出でて君が目にも見えなむ
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君が代にあふさか山の岩清水 木隠れたりと思ひけるかな