もろこしの吉野の山にこもるとも
遅れむと思ふ我ならなくに
- 歌の意味
-
たとえあなたが唐土の吉野の山に籠もろうとも、後に取り残されようと思う私ではないのに。
- 鑑賞
-
巻第十九 雑体 1049
詞書「題しらず」
相手がどこへ隠れようと必ず後を追うという強い思いを、「もろこしの吉野の山」というありえない場所を持ち出して大げさに言った歌である。遠い唐土と身近な吉野とを結び付けた奇抜さに誹諧の趣がある。
作者の「左のおほいまうちきみ」は左大臣藤原時平である。藤原基経の子で、醍醐天皇のもとで左大臣となった。古今和歌集成立時の左大臣である。
初句「もろこしの」は、中国の古称で、はるか遠い異国を表す。
二句「吉野の山に」は、大和の吉野山で、隠棲の地とされた。初句と合わせ、「もろこしの吉野」という実在しない地名を作り出している。
三句「こもるとも」は、逆接の仮定条件で、籠もったとしても、の意である。
四句「遅れむと思ふ」は、後に取り残されようと思う、の意である。
結句「我ならなくに」は、「なくに」が打消しの詠嘆で、私ではないのに、の意である。
もろこし:中国の古称
こもる:山などに隠れ住む
おくる:後に残される、取り残される
- 作者
-
藤原時平
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
逢ふことの今ははつかになりぬれば 夜深からではつきなかりけり
- 次の歌
-
雲晴れぬ浅間の山のあさましや 人の心を見てこそやまめ