ねぎ言をさのみ聞きけむ社こそ
果てはなげきの森となるらめ
- 歌の意味
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人々の願い事をそれほどまでに聞いてきたであろう社こそ、しまいには嘆きが積もって、投げ木の森となるのだろう。
- 鑑賞
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巻第十九 雑体 1055
詞書「題しらず」
神社は人々の願い事を聞き入れるものだが、かなわぬ願いの嘆きが積もり積もって、「投げ木」の森になってしまうだろう、と戯れた歌である。「嘆き」と「投げ木」の掛詞で、社の森と嘆きの多さを結び付けている。この歌から第千五十七首まで、「なげき」を「投げ木」として詠む歌が三首続く。
作者の「さぬき」は讃岐である。伝は詳らかでない。
初句「ねぎ言を」は、神に祈る願い事を、の意である。
二句「さのみ聞きけむ」は、「さのみ」がそれほどまでに、「けむ」が過去推量で、それほど聞いてきたであろう、の意である。
三句「社こそ」は、「こそ」が結句の已然形「らめ」と係り結びになる。
四句「果てはなげきの」は、「嘆き」と、薪にする「投げ木」を掛ける掛詞である。
結句「森となるらめ」は、「こそ」の結びで已然形「らめ」となる。社、森、投げ木は縁語である。
ねぎごと:神仏に祈り願うこと
なげき:「嘆き」と、薪にする「投げ木」を掛ける
- 作者
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讃岐
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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よそながらわが身にいとのよるといへば ただいつはりにすぐばかりなり
- 次の歌
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なげきこる山とし高くなりぬれば つらづゑのみぞまづつかれける