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近江のや鏡の山を立てたれば
かねてぞ見ゆる君が千年は

歌の意味
近江の鏡山を立ててあるので、今からもう映って見えることだ、わが君の千年の御代は。
鑑賞
巻第二十 大歌所御歌 1086

詞書「神遊びの歌 返し物の歌」
 近江の鏡山を鏡に見立て、それを立ててあるので君の千年の御代があらかじめ映って見えると寿ぐ。山の名の「鏡」を生かした機知ある賀歌で、返し物の歌の一連を締めくくる。
 作者の「大伴くろぬし」は大友黒主である。近江国滋賀郡の大友村主氏の出と伝えられ、六歌仙の一人に数えられる。古今和歌集の仮名序では「そのさまいやし。いはば、薪負へる山人の花の陰に休めるがごとし」と評されている。
 返し物の歌は、神楽の中で調子を変えて歌われた歌をいうとされる。本巻の第千八十一首から第千八十六首までの一連で、第千八十二首以降の五首には、大嘗会で諸国から奉られた歌であることを示す左注が付く。
 左注に「これは、今上の御嘗の近江の歌」とあり、古今和歌集を撰ばせた醍醐天皇の大嘗会で近江国が奉った歌である。大嘗会は天皇が即位後に初めて行う新嘗祭で、悠紀、主基に選ばれた国がその国の地名を詠み込んだ歌を奉った。

 初句「近江のや」は、国名に「の」と詠嘆の「や」を添えて調子を整えた形で、歌を奉る国を示す。
 二句「鏡の山を」は、近江国の鏡山で、現在の滋賀県竜王町と野洲市の境にある。山の名の「鏡」を本物の鏡に見立てる。
 三句「立てたれば」は、立ててあるのでの意で、鏡を立てることと山がそびえ立つことを重ねる。「ば」は順接の確定条件を表す。
 四句「かねてぞ見ゆる」は、今からもう見えるの意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「見ゆる」で結ぶ。「鏡」と「見ゆる」は縁語である。本巻の第千六十九首の「千年をかねて」と、「かねて」「千年」の語を共有して呼応する。
 結句「君が千年は」は、わが君の千年の御代はの意で、四句との倒置により寿ぎの対象を最後に置いて強める。

かがみのやま:近江国の鏡山
かぬ:先のことをあらかじめ思う
作者
大友黒主
出典
古今和歌集
前の歌
君が代は限りもあらじ長浜の 真砂の数は読みつくすとも
次の歌
阿武隈に霧立ち曇り明けぬとも 君をばやらじ待てばすべなし