古典和歌stream

陸奥はいづくはあれど塩竈の
浦漕ぐ舟の綱手かなしも

歌の意味
陸奥にはどこといって良い所はあるけれど、塩竈の浦を漕ぎゆく舟の引き綱のさまは、とりわけ心ひかれることだ。
鑑賞
巻第二十 大歌所御歌 1088

詞書は前の歌に続き「東歌 陸奥歌」
 陸奥にはほかにも名所があるが、塩竈の浦で綱に引かれてゆく舟の姿にことに心ひかれると歌う。土地の景をたたえる歌で、のちの歌枕としての塩竈のイメージを形づくった。作者は記されていない。
 陸奥歌は、東歌のうち陸奥国(現在の東北地方)の風俗歌で、本巻の第千八十七首から第千九十三首までの七首がこの一連をなす。宮廷に取り入れられた地方の歌謡である。
 この歌をもとに、源実朝が「世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも」(新勅撰和歌集、小倉百人一首)を詠んでいる。

 初句「陸奥は」は、国全体を大きく示し、そこから一か所へと焦点を絞る構成の起点となる。
 二句「いづくはあれど」は、どこといってほかにもあるがの意で、「ど」は逆接を表す。
 三句「塩竈の」は、陸奥国の塩竈の浦で、現在の宮城県塩竈市にあたる。次歌の第千八十九首も「塩竈の」を三句に置き、同じ地名を共有する。
 四句「浦漕ぐ舟の」は、浦を漕ぎ進む舟のの意である。
 結句「綱手かなしも」は、舟を引く綱のさまに心ひかれることだの意で、「かなし」はいとおしい、心にしみる意、「も」は詠嘆を表す。

つなで:舟を引く綱
いづく:どこ
出典
古今和歌集
前の歌
阿武隈に霧立ち曇り明けぬとも 君をばやらじ待てばすべなし
次の歌
我が背子を都にやりて塩竈の 籬の島のまつぞ恋しき