君をおきてあだし心を我が持たば
末の松山波も越えなむ
- 歌の意味
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あなたをさしおいて浮気な心を私が持ったならば、あの末の松山を波も越えてしまうだろう。
- 鑑賞
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巻第二十 大歌所御歌 1093
詞書は前の歌に続き「東歌 陸奥歌」
波が越えることのない末の松山を引き合いに、自分が心変わりすることは決してないと誓う恋の歌である。ありえないことを示して心の変わらなさを保証する表現で、陸奥歌の一連を締めくくる。作者は記されていない。
陸奥歌は、東歌のうち陸奥国(現在の東北地方)の風俗歌で、本巻の第千八十七首から第千九十三首までの七首がこの一連をなす。宮廷に取り入れられた地方の歌謡である。
この歌をもとに、清原元輔が「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」(後拾遺和歌集、小倉百人一首)を詠み、末の松山は心変わりしない誓いの歌枕となった。
初句「君をおきて」は、あなたをさしおいての意で、ほかの人に心を移すことを示す。
二句「あだし心を」は、浮気な心、ほかに移る心の意である。
三句「我が持たば」は、私が持ったならばの意で、「ば」は仮定を表す。
四句「末の松山」は、陸奥国の地名で、現在の宮城県多賀城市にあるとされる。どんな大波も越えないとされた。
結句「波も越えなむ」は、波も越えてしまうだろうの意で、「な」は強意、「む」は推量を表す。ありえないことを示して誓いとする。
あだしごころ:浮気な心、ほかへ移る心
おく:さしおく、後にする
- 出典
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古今和歌集
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最上川上れば下る稲舟の いなにはあらずこの月ばかり
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こよろぎの磯たちならし磯菜摘む めざし濡らすな沖にをれ波