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山越しの風を時じみ寝る夜おちず
家なる妹を懸けて偲ひつ

歌の意味
山を越えて吹いてくる風が絶え間なく吹くので、寝る夜は一夜も欠かさず、家にいる妻を心にかけて思い慕った。
鑑賞
巻第一 雑歌 6

詞書は前の歌に続き「讃岐国安益郡に幸す時に、軍王の山を見て作る歌 反歌」
 旅先の讃岐で、山越しに吹く風がやむことなく身にしみるため、毎夜家に残した妻を思い続けたと詠む反歌である。長歌では春の日の旅愁を網の浦の海人娘子が焼く塩にたとえて重ねたが、反歌はそれを「山越しの風」と「家なる妹」に絞り、望郷の思いを簡潔にまとめている。題詞によれば天皇の讃岐国行幸に従った折の作であるが、左注は日本書紀に讃岐への行幸の記事がないことを指摘し、舒明天皇十一年の伊予の湯の宮への行幸の途中の作ではないかと推測している。
 作者の軍王は、左注にも「未詳」とあり、どのような人物かは明らかでない。百済から渡来した王族とする説や、皇族の一人とする説などがある。

 初句「山越しの」は、山を越えて吹いてくるの意で、長歌の「山越す風」を受けている。山並みの向こうに家があることを暗示し、望郷の思いの起点となっている。
 二句「風を時じみ」は、「時じ」(時を定めない、絶え間ない)の語幹に接尾語「み」が付いたミ語法で、風が絶え間ないのでと理由を表す。「〜を〜み」の形は万葉集に多く見られる語法である。
 三句「寝る夜おちず」は、寝る夜はいつも欠かさずの意で、「おつ」は抜け落ちるの意の動詞である。打消の「ず」によって一夜も漏れることのない継続を示している。三句は字余りの六音となっている。
 四句「家なる妹を」は、家にいる妻をの意で、「なる」は存在を表す助動詞「なり」の連体形である。旅にある自分と家にいる妻との隔たりが示される。本巻の第六十八首にも「家なる妹を」の句があり、旅先で家の妻を思う歌として響き合っている。
 結句「懸けて偲ひつ」は、心にかけて思い慕ったの意で、完了の助動詞「つ」で結ぶ。「懸けて」は長歌の「懸けのよろしく」とも呼応し、風が衣手に吹きかかるさまと、妻を心にかけるさまとを重ねている。

いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
おつ:漏れる、抜け落ちる
しのふ:離れているものを心に思い慕う
作者
軍王
出典
万葉集
前の歌
たまきはる宇智の大野に馬並めて 朝踏ますらむその草深野
次の歌
秋の野のみ草刈り葺き宿れりし 宇治の宮処の仮廬し思ほゆ