熟田津に船乗りせむと月待てば
潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
- 歌の意味
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熟田津で船に乗り込もうと月の出を待っていると、潮も満ちて船出にちょうどよくなった。さあ今こそ漕ぎ出そう。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 8
詞書「後岡本宮に天の下知らしめしし天皇の代、額田王の歌」
月の出と潮の満ちるのを待って、いよいよ船出の時が来たことを高らかに告げる歌である。斉明天皇七年(661)、百済救援のため西へ向かう船団が伊予の熟田津に停泊した折の作とされ、出航を前にした一行の士気を奮い立たせる力強さがある。左注は類聚歌林を引いて、この歌は天皇の御製であると記しており、額田王が斉明天皇に代わって詠んだものとみる説が有力である。万葉集を代表する名歌の一つとして広く知られている。
作者の額田王は、万葉集初期を代表する女性歌人である。鏡王の娘とされ、大海人皇子(天武天皇)との間に十市皇女をもうけ、のちに天智天皇に仕えた。宮廷の儀礼や行幸の場で、天皇の心を代弁する歌を多く詠んだことで知られる。
初句「熟田津に」は、伊予国の港の名で、現在の愛媛県松山市の道後温泉に近い地にあったとされる。格助詞「に」で船乗りの場を示している。
二句「船乗りせむと」は、「む」が意志の助動詞で、船に乗り込もうとしての意である。「と」が三句の「月待てば」の目的を示している。
三句「月待てば」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、月を待っていると、の意である。夜の航海のために月の出を待つ具体的な状況が示される。
四句「潮もかなひぬ」は、潮の具合も船出に都合よくなったの意で、「ぬ」は完了の助動詞である。「も」によって月の出とあわせて条件がすべて整ったことを表し、ここで切れる四句切れの歌である。
結句「今は漕ぎ出でな」は、「な」が勧誘や意志を表す終助詞で、さあ今こそ漕ぎ出そうと人々に呼びかけている。「今は」と時を強く示し、待つ時間から行動へと移る転換を鮮やかに描いている。結句は字余りとなっている。
ふなのり:船に乗り込むこと、船出
かなふ:条件がうまく合う、ちょうどよくなる
- 作者
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額田王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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秋の野のみ草刈り葺き宿れりし 宇治の宮処の仮廬し思ほゆ
- 次の歌
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莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子が い立たせりけむ厳橿が本