莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子が
い立たせりけむ厳橿が本
- 歌の意味
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(初句と二句は難訓で読みが定まらない)私の夫がお立ちになっていたという、あの神聖な橿の木のもとよ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 9
詞書「紀の温泉に幸す時に、額田王の作る歌」
紀伊の温泉への行幸に従った折、かつて慕う人がその下に立っていたという神聖な橿の木を思いやる歌である。初句と二句は万葉集の中でも最も難解な箇所として知られ、古来さまざまな訓みが試みられてきたが、いまだに定説がない。そのため一首全体の意味は確定しないものの、下の句からは、慕う人の面影を聖なる木に重ねる思いがうかがえる。斉明天皇四年(658)の紀の温泉への行幸の際の作とされる。
作者の額田王は、万葉集初期を代表する女性歌人である。鏡王の娘とされ、大海人皇子(天武天皇)との間に十市皇女をもうけ、のちに天智天皇に仕えた。宮廷の儀礼や行幸の場で、天皇の心を代弁する歌を多く詠んだことで知られる。
初句「莫囂円隣之」は、万葉仮名の原文のまま伝わる難訓の箇所である。寛永版本の「ゆふつきの」をはじめ、多くの訓みが提案されているが、どれも決め手を欠いている。
二句「大相七兄爪謁気」は、初句と同じく読みの定まらない箇所である。寛永版本は「あふぎてとひし」と訓むが、定説を見ない。この歌が万葉集最大の難訓歌とされるのは、この初二句のためである。
三句「我が背子が」は、「背子」が女性から夫や恋人を親しんで呼ぶ語である。ここから一首の意味が明らかになり、慕う相手を歌の中心に据えている。誰を指すかについては、大海人皇子とする説、中大兄皇子とする説などがある。
四句「い立たせりけむ」は、「い」が接頭語、「立たす」が「立つ」の尊敬語、「り」が存続、「けむ」が過去の伝聞や推量を表す助動詞で、お立ちになっていたという、の意である。自分が直接見ていない過去を思いやる表現となっている。
結句「厳橿が本」は、「厳」がおごそかな、神聖なの意で、神の宿る橿の木のもとを指す。体言止めで結び、聖なる木の姿に慕う人の面影を重ねて余韻を残している。
せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
いつかし:神聖な橿の木。神の宿る木とされた
もと:木の根もと、そのかたわら
- 作者
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額田王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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熟田津に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
- 次の歌
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君が代も我が代も知るや岩代の 岡の草根をいざ結びてな