我が背子は仮廬作らす草なくは
小松が下の草を刈らさね
- 歌の意味
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あなたが仮の庵をお作りになるのに草が足りないのなら、小松の下の草をお刈りなさいな。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 11
詞書は前の歌に続き「中皇命の紀の温泉に往す時の御歌」
旅の宿りのために仮廬を作る夫に向けて、屋根を葺く草が足りなければあの小松の下の草を刈ればよいと、親しみをこめて語りかける歌である。旅の暮らしの一場面をとらえながら、相手を気づかう細やかな愛情がにじんでいる。本巻の第七首に詠まれた「み草刈り葺き」の仮廬と同じく、行幸の旅の宿りのさまを伝える歌でもある。左注は類聚歌林に天皇の御製とあることを記している。
作者の中皇命は、誰を指すかについて定説を見ない呼称である。舒明天皇の皇女で孝徳天皇の皇后となった間人皇女とする説が有力であり、ほかに天智天皇の皇后の倭姫王とする説などもある。「中皇命」は、天皇と神とのあいだをとりもつ尊い女性、あるいは中継ぎの天皇を意味する呼称と解されている。
初句「我が背子は」は、女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ「背子」を用い、語りかける相手を示している。前歌の「君」を受けた呼びかけとみられる。
二句「仮廬作らす」は、仮の庵をお作りになるの意で、「す」は尊敬の助動詞である。相手を敬いつつ、旅の宿りを作る具体的な作業を描いている。
三句「草なくは」は、「草」を「かや」と読み、屋根を葺くための草をいう。「なくは」は、もし無いならばの意の仮定条件である。
四句「小松が下の」は、小さな松の木の下の意である。身近な景物を示して親しみを添え、若々しい松の生命力への思いもこめられている。
結句「草を刈らさね」は、「刈らす」が「刈る」の尊敬語、「ね」が相手への願望を表す終助詞で、お刈りなさいなの意である。三句と同じ「草」を繰り返し、軽やかな調べで優しく勧めている。
かりほ:旅先で仮に作る粗末な小屋、仮廬
かや:屋根を葺くのに用いる草の総称
- 作者
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中皇命
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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君が代も我が代も知るや岩代の 岡の草根をいざ結びてな
- 次の歌
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我が欲りし野島は見せつ底深き 阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ