我が欲りし野島は見せつ底深き
阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ
- 歌の意味
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私が見たいと望んでいた野島は見せてもらった。けれども、底の深い阿胡根の浦の玉はまだ拾っていない。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 12
詞書は前の歌に続き「中皇命の紀の温泉に往す時の御歌」
見たいと願っていた野島の景色は見ることができたが、阿胡根の浦の美しい玉はまだ拾えていないと、旅の満足と心残りをともに詠んだ歌である。美しい玉を拾うことは旅の記念とするだけでなく、土地の霊力を身につける意味もあったとされる。題詞は前の二首と同じく紀の温泉への旅の作であることを示しており、三首で一連をなしている。本文には「或頭云」として、初二句を「我が欲りし子島は見しを」とする別伝が注記されている。左注は類聚歌林に天皇の御製とあることを記している。
作者の中皇命は、誰を指すかについて定説を見ない呼称である。舒明天皇の皇女で孝徳天皇の皇后となった間人皇女とする説が有力であり、ほかに天智天皇の皇后の倭姫王とする説などもある。「中皇命」は、天皇と神とのあいだをとりもつ尊い女性、あるいは中継ぎの天皇を意味する呼称と解されている。
初句「我が欲りし」は、私が見たいと望んでいたの意で、「欲る」に過去の助動詞「き」の連体形「し」が付いた形である。旅立つ前からの願いであったことを示している。
二句「野島は見せつ」は、見せてくれたの意で、完了の助動詞「つ」で言い切る二句切れである。野島は紀伊国の地名で、現在の和歌山県御坊市の海岸とされる。同行の人が見せてくれたことへの感謝もこめられている。別伝の「子島は見しを」では、見たことを逆接で下へつなげる形となる。
三句「底深き」は、海の底が深いの意で、玉がなかなか手に入らない理由を暗示している。
四句「阿胡根の浦の」は、紀伊国の海岸の地名で、所在は明らかでないが、野島の近くの浦と考えられている。
結句「玉ぞ拾はぬ」は、係助詞「ぞ」を受けて打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」で結ぶ係り結びである。玉だけはまだ拾っていないと強調し、二句の満足と対比させて心残りを示している。
ほる:欲しいと思う、望む
たま:美しい石や真珠などの宝玉
ひりふ:拾う
- 作者
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中皇命
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背子は仮廬作らす草なくは 小松が下の草を刈らさね
- 次の歌
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香具山と耳成山と闘ひし時 立ちて見に来し印南国原