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香具山と耳成山と闘ひし時
立ちて見に来し印南国原

歌の意味
香具山と耳成山とが争った時、立ち上がって見に来たという印南国原よ。
鑑賞
巻第一 雑歌 14

詞書は前の歌に続き「中大兄の三山の歌 反歌」
 大和三山の妻争いの伝説を詠んだ長歌の反歌で、香具山と耳成山が争った時に、神がそれを見に来たという印南国原を詠んでいる。播磨国風土記には、出雲の阿菩大神が三山の争いを諫めようとやって来たが、争いがやんだと聞いて播磨の地にとどまったという伝説があり、この歌はそれを背景にしている。中大兄皇子が斉明天皇の西征に従って播磨の印南野を通った際の作と考えられている。
 作者の中大兄皇子は、舒明天皇と皇極天皇(斉明天皇)の皇子で、後の天智天皇である。中臣鎌足とともに蘇我氏を倒して大化の改新を進め、のちに近江大津宮に都を移して即位した。

 初句「香具山と」は、大和三山の一つである香具山を挙げる。長歌の「香具山は」を受け、三山の争いの伝説を呼び起こしている。
 二句「耳成山と」は、同じく三山の一つを挙げ、「〜と〜と」と並べて争った二つの山を示している。長歌では、畝傍山をめぐって香具山と耳成山が争ったと詠まれている。
 三句「闘ひし時」は、「闘ふ」を「あふ」と読み、戦う、争うの意である。過去の助動詞「き」の連体形「し」によって、神代の出来事として語っている。
 四句「立ちて見に来し」は、立ち上がって見に来たの意で、主語は伝説にいう出雲の阿菩大神とされる。「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、結句の「印南国原」を修飾している。
 結句「印南国原」は、播磨国印南郡の平野で、現在の兵庫県加古川市から高砂市のあたりにあたる。体言止めで結び、伝説の舞台となった土地を目の前の風景として示している。

あふ:戦う、争う
くにはら:広々とした平野
作者
中大兄皇子
出典
万葉集
前の歌
我が欲りし野島は見せつ底深き 阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ
次の歌
海神の豊旗雲に入日さし 今夜の月夜さやけくありこそ