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あかねさす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る

歌の意味
紫草の生える野を行き、立ち入りを禁じた標野を行きながら、野の番人が見ているではないか、あなたが私に袖を振るのを。
鑑賞
巻第一 雑歌 20

詞書「天皇の蒲生野に遊猟したまふ時に、額田王の作る歌」
 天智天皇が蒲生野で狩りを催した折、紫草の咲く野を行き来しながら、袖を振って思いを示す人に向けて、野守に見られてしまうではないかとたしなめる歌である。袖を振るのは愛情を示すしぐさであり、その相手は次歌で答える大海人皇子とされる。かつて大海人皇子の妻であった額田王が、天智天皇に仕える身となってからのやりとりとして、古くから劇的な恋の歌と受け取られてきた。一方で、狩りの後の宴の席で座を盛り上げるために交わされた戯れの歌とみる説も有力である。左注は日本書紀を引き、天智天皇七年(668)五月五日に蒲生野で狩りが行われ、皇太弟以下の諸王や群臣がみな従ったと記している。
 作者の額田王は、万葉集初期を代表する女性歌人である。鏡王の娘とされ、大海人皇子(天武天皇)との間に十市皇女をもうけ、のちに天智天皇に仕えた。宮廷の儀礼や行幸の場で、天皇の心を代弁する歌を多く詠んだことで知られる。

 初句「あかねさす」は、赤い色が照り映えるの意で、日や紫などにかかる枕詞である。ここでは「紫」を導き、野に照り映える鮮やかな色彩を感じさせている。次歌の第二十一首は「紫の」で始まり、色の語を受け継いで応じている。
 二句「紫野行き」は、紫草を栽培している野を行きの意である。紫草は根から染料や薬をとる貴重な植物で、宮廷の管理する野に植えられていた。
 三句「標野行き」は、「標野」が縄を張って一般の立ち入りを禁じた野をいう。二句の「〜行き」と同じ形を繰り返す対句で、野を行き来する動きを軽快なリズムで表している。
 四句「野守は見ずや」は、「野守」が標野の番人、「ずや」が打消に疑問の係助詞が付いた形で、見ているではないかの意である。ここで切れる四句切れで、結句との倒置となっている。野守に天智天皇を暗示するとの見方もある。
 結句「君が袖振る」は、あなたが袖を振るの意で、連体形で結んで倒置の余韻を残している。人目を気にしつつも相手の思いを受けとめる心の揺れが、この結句に集約されている。

むらさき:紫草。根から紫の染料や薬をとる
しめの:縄などを張って一般の立ち入りを禁じた野
のもり:野の番人
作者
額田王
出典
万葉集
前の歌
綜麻形の林のさきのさ野榛の 衣に付くなす目につく吾が背
次の歌
紫のにほへる妹を憎くあらば 人妻故に我れ恋ひめやも