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紫のにほへる妹を憎くあらば
人妻故に我れ恋ひめやも

歌の意味
紫草のように美しく照り映えるあなたを憎いと思うのなら、人妻であるのに、どうして私が恋い慕ったりするだろうか。
鑑賞
巻第一 雑歌 21

詞書は前の歌に続き「天皇の蒲生野に遊猟したまふ時に、皇太子の答ふる御歌」
 前歌で額田王が袖を振ることをたしなめたのに答え、紫草のように美しいあなたを憎く思うのなら、人妻と知りながらこれほど恋い慕うだろうかと、抑えがたい恋心を率直に詠んだ歌である。人妻であることを承知のうえで恋するという大胆な表現は、額田王の歌と一対となって、万葉集屈指の相聞のやりとりとして名高い。一方で、宴席で満座を沸かせるための機知に富んだ応酬とみる説も有力である。左注は、天智天皇七年(668)五月五日の蒲生野の狩りのことを記している。
 作者の大海人皇子は、舒明天皇と皇極天皇(斉明天皇)の皇子で、天智天皇の同母弟にあたる。天智天皇のもとで皇太弟とされ、のちに壬申の乱に勝利して即位し、天武天皇となった。額田王との間に十市皇女をもうけている。

 初句「紫の」は、紫草の色のようにの意で、次の「にほへる」を導いている。前歌の「あかねさす紫野」を受け、同じ「紫」の語で応じている。
 二句「にほへる妹を」は、「にほふ」が色美しく照り映えるの意、「る」が存続の助動詞で、美しく輝いているあなたをの意である。「妹」は男性が女性を親しんで呼ぶ語で、額田王を指している。
 三句「憎くあらば」は、未然形に「ば」が付いた仮定条件で、もし憎いと思うならばの意である。反語の結句へと続く前提を示している。
 四句「人妻故に」は、「故に」が〜であるのにの意の逆接で、人妻であるのにの意である。額田王が天智天皇に仕える身であることを踏まえ、あえて「人妻」と言い切っている。
 結句「我れ恋ひめやも」は、「め」が推量の助動詞「む」の已然形、「やも」が反語で、どうして私が恋するだろうか、いや恋しはしないの意となる。反語によって、憎いどころか心から恋い慕っていることを逆に強く訴えている。

にほふ:色美しく照り映える
ひとづま:他人の妻
作者
大海人皇子
出典
万葉集
前の歌
あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る
次の歌
川の上のゆつ岩群に草生さず 常にもがもな常処女にて