うつせみの命を惜しみ波に濡れ
伊良虞の島の玉藻刈り食す
- 歌の意味
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この世の命が惜しいので、波に濡れながら伊良虞の島の藻を刈って食べているのだ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 24
詞書は前の歌に続き「麻続王の、これを聞きて感傷して和ふる歌」
前歌で時の人に哀れまれたのを受けて、麻続王自身が、命が惜しいからこそ波に濡れて藻を刈り、それを食べて生きているのだと答えた歌である。誇りを捨ててでも生き延びようとする流人の切実な心情と、その身の上の悲しみが率直に表されている。前歌の「刈ります」に対して、自ら「刈り食す」と答える対応が印象的である。左注は前歌と同じく、日本書紀では麻続王の配流先を因幡としていることを記している。
作者の麻続王は、天武天皇の時代に三位の位にあった皇族である。天武天皇四年(675)に罪を得て流罪となり、子の一人は伊豆の島に、もう一人は血鹿の島に流されたと日本書紀は伝えている。系譜は明らかでない。
初句「うつせみの」は、この世の、現世のの意で、「命」「世」「人」などにかかる枕詞である。はかない現世の命を意識させている。
二句「命を惜しみ」は、「〜を〜み」のミ語法で、命が惜しいのでと理由を示している。流人の身であっても生きたいという率直な思いが表されている。
三句「波に濡れ」は、波に濡れながらの意で、連用形で下へ続いている。海辺でのつらい暮らしを具体的に描いている。
四句「伊良虞の島の」は、前歌の四句と同じ句をそのまま用い、時の人の歌に答える形をはっきりと示している。
結句「玉藻刈り食す」は、「食す」が食べるの意の尊敬語であるが、ここでは前歌の敬語表現を受けて自らの行為に用いたものとみられる。前歌の結句「玉藻刈ります」に対し、刈るだけでなくそれを食べて生きているのだと、より切実な現実を示している。
うつせみ:この世、現世に生きる身
をす:食べる。「食ふ」の尊敬語
- 作者
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麻続王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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打ち麻を麻続の王海人なれや 伊良虞の島の玉藻刈ります
- 次の歌
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淑き人のよしとよく見てよしと言ひし 吉野よく見よ良き人よく見