淑き人のよしとよく見てよしと言ひし
吉野よく見よ良き人よく見
- 歌の意味
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昔の立派な人が良い所だとよく見て「よし」と言ったこの吉野を、よく見るがよい。今の良き人たちよ、よく見よ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 27
詞書「天皇の吉野の宮に幸す時の御製歌」
吉野の宮に行幸した天武天皇が、昔の立派な人々が良い所だとよく見て名づけたこの吉野を、今の良き人たちもよく見よと呼びかけた歌である。「よし」「よく」「よき」の音を八回も繰り返す、言葉遊びのような軽快な調子で吉野の地をたたえている。左注は日本書紀を引き、天武天皇八年(679)五月に吉野宮に行幸したと記している。この時天皇は、皇后(後の持統天皇)や草壁皇子ら六人の皇子とともに、互いに助け合って争わないことを誓った。いわゆる吉野の盟約の場で詠まれた歌とみられ、皇子たちに結束を求める意図もうかがえる。
作者の天武天皇は、舒明天皇と皇極天皇(斉明天皇)の皇子で、名を大海人皇子という。兄の天智天皇の没後、壬申の乱で大友皇子を破って飛鳥浄御原宮で即位し、律令国家の基礎を築いた。
初句「淑き人の」は、立派な人、教養ある人の意で、昔の賢人を指すとされる。原文では「淑」「良」「吉」「好」など、さまざまな「よ」の字を使い分けており、文字の上でも遊び心が見られる。
二句「よしとよく見て」は、良い所だとよく見ての意である。「よし」「よく」と同じ音を重ねて調子を整えている。
三句「よしと言ひし」は、良いと言ったの意で、過去の助動詞「き」の連体形「し」が四句の「吉野」を修飾している。昔の人がこの地を「よし」と言ったことを吉野の名の由来としている。
四句「吉野よく見よ」は、その吉野をよく見よと命令形で呼びかけ、ここで句切れとなっている。
結句「良き人よく見」は、今の良き人たちよ、よく見よの意で、「見」は「見よ」の意とされる。初句の「淑き人」と結句の「良き人」を対応させ、昔の賢人と今の人々とを結びつけている。
よきひと:立派な人、教養のある人
- 作者
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天武天皇
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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うつせみの命を惜しみ波に濡れ 伊良虞の島の玉藻刈り食す
- 次の歌
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春過ぎて夏来るらし白栲の 衣干したり天の香具山