- 歌の意味
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楽浪の志賀の辛崎は昔と変わらずにあるが、大宮人たちの舟をいくら待っても、もう待ちきれないことだ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 30
詞書は前の歌に続き「近江の荒れたる都を過ぐる時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌 反歌」
壬申の乱で滅びた近江大津宮の跡を通り過ぎた人麻呂が、辛崎は昔のまま変わらずにあるのに、かつてここで遊んだ大宮人たちの舟はいくら待っても来ることはないと嘆く反歌である。変わらぬ自然と失われた人の世との対比を通して、滅びた都への鎮魂の思いが深くこめられている。擬人化された辛崎が大宮人の舟を待ちわびているとも解され、人麻呂の荒都歌を代表する名歌として知られる。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人である。官位は低かったとみられるが、長歌を中心に雄大で格調高い歌を数多く残し、後世には「歌聖」とたたえられた。
初句「楽浪の」は、琵琶湖西南岸一帯の古い地名で、「志賀」にかかる枕詞としても用いられる。滅びた近江の都のあった地を言い起こしている。
二句「志賀の辛崎」は、現在の滋賀県大津市唐崎で、琵琶湖に突き出た岬である。大宮人が舟遊びをした名所として知られていた。
三句「幸くあれど」は、「幸く」が無事で変わりなくの意で、辛崎は昔のまま変わらずにあるがの意である。逆接の接続助詞「ど」によって、自然の不変と人の世の変化とを対比させている。「幸く」は地名の「崎」と音を響かせている。
四句「大宮人の」は、宮廷に仕える人々の意で、かつての近江の宮の官人たちを指す。今はもういない人々を呼び起こしている。
結句「舟待ちかねつ」は、「かぬ」が〜しきれないの意、「つ」が完了の助動詞で、舟を待ちきれないことだの意である。待っても二度と来ない舟を待つという表現に、深い喪失感がこめられている。次歌の結句「またも逢はめやも」とともに、失われた人々に再び逢えない嘆きを重ねている。
からさき:琵琶湖西岸の岬、唐崎
おほみやびと:宮廷に仕える人々
まちかぬ:待ちきれない、待ちわびる
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春過ぎて夏来るらし白栲の 衣干したり天の香具山
- 次の歌
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楽浪の志賀の大わだ淀むとも 昔の人にまたも逢はめやも