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山川も依りて仕ふる神ながら
たぎつ河内に舟出せすかも

歌の意味
山の神も川の神も心を寄せてお仕えする、神そのままの大君が、激しく流れる河内に舟出をなさることよ。
鑑賞
巻第一 雑歌 39

詞書は前の歌に続き「吉野の宮に幸す時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌 反歌」
 山の神も川の神も心を寄せて仕える、神であられる天皇が、激流の河内に舟出されることよとたたえる反歌である。長歌の結びの「山川も依りて仕ふる神の御代かも」を受け、自然の神々までもが天皇に仕えるという壮大な天皇讃美の世界を、舟出の具体的な場面に集約している。人麻呂の吉野讃歌の二つ目の長歌に添えられた反歌である。
 作者の柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人である。官位は低かったとみられるが、長歌を中心に雄大で格調高い歌を数多く残し、後世には「歌聖」とたたえられた。

 初句「山川も」は、山の神も川の神もの意で、長歌で詠まれた山の神と川の神をまとめて示している。
 二句「依りて仕ふる」は、心を寄せてお仕えするの意である。初二句は長歌の終わりの二句と同じ句で、長歌と反歌を密接に結びつけている。
 三句「神ながら」は、神であるままにの意で、天皇が神そのものであるという思想を表している。長歌にも「神ながら」の句があり、人麻呂の天皇讃美を特徴づける語となっている。
 四句「たぎつ河内に」は、「たぎつ」が水が激しく流れるの意、「河内」が川の流れに囲まれた土地の意で、吉野の宮の地を指している。
 結句「舟出せすかも」は、「せす」が「す」の尊敬語、「かも」が詠嘆の終助詞で、舟出をなさることよの意である。激流に舟を出す天皇の姿に、神としての威厳をたたえている。

かふち:川の流れに囲まれた土地
たぎつ:水が激しく流れる
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
見れど飽かぬ吉野の川の常滑の 絶ゆることなくまたかへり見む
次の歌
嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが 玉裳の裾に潮満つらむか